2年後の2月
士郎は自室のベッドで自分に寄り掛かって寝ている男の子を見てほほえんでいた。
その隣では10歳ほど黒い服を着た少女が士郎と同じように寄り掛かって寝ている女の子面倒を見ていた。
彼女、レンはアルクェイド・ブリュンスタッドの使い魔で夢魔である。
しかしアルクェイドは主ではあるが契約者ではなく、千年城で死にかけているところをゼルレッチが発見し、命を助けるために士郎と契約したのである。

 



「そろそろ冬木市に戻りたいのですが」
士郎達を見ていたアルトルージュ達に士郎はそう切り出す。
橙子は既に日本に戻っており、今アルトルージュの千年城には青子達も滞在している。
「そうね、あんたが修行のために日本を離れてもう6年。確かに良い区切りかもしれないわね」
「ええ日本でもやりたいことがありますし」
「私からは特に言うことはないわ。あんたの好きにしなさい」
「私も。いつまでも士郎に甘えているわけにはいかないし。でもたまには帰ってきてね」
青子向かいに座っていたアルトルージュも賛成する。
「ええ、夏休みと冬休みには戻ってくるつもりです」
士郎としても青子達がだめと言ったら素直に引き下がるつもりだったがその解答にほっとした。
しかしそれに異を唱えるものがいた。
「ならば卒業試験を受けてもらおう」
ゼルレッチがそう言った。
「卒業試験ですか?」
「その通りだ。これに合格できなければ聖杯戦争が始まるまでまたここで修行だ」
「それで内容は?」
「アインナッシュは知っておるな」
「死徒二十七祖の第七位ですね?」
「そうじゃ。そしてそのものが保有しておる真紅の実と言う物…それを取ってくるのが試験じゃ」
「解っていると思うがアインナッシュはただの死徒じゃない。一つの森林の集合体。意思を持った吸血植物…いや、植物の死徒達の集まりだ」
ゼルレッチの説明にコーバックが補足する。
「これが出来なければ聖杯戦争が始まるまでずっとここで修行だ」
「解りました。その試験、受けます」

 



それはゆっくりと眼を覚ました。
誰に教えられるでもなく起床の刻が始まった事を知った。
それはゆっくりと進み始めた。
それこそ人の目ではわからない様な遅々とした動きで。
ほんの百メートル先には町がある。
あそこに到達するのにざっと二,三十年といったところか…
それでも構わない。
自分には時が有り余っているのだから…
それは動き続ける。
死徒二十七祖第七位『腑海林』アインナッシュは餌を求めて動き出す…

 



アインナッシュが眼を覚ましてから数時間後、士郎達七名はある森林地帯を一望できる丘に辿り着いた。
「士郎、あの森林地帯のうち四割から五割がアインナッシュよ」
青子は何時の間にか用意したこの地域の航空写真を出して志貴に説明している。
「なるほど…」
「ああそうだ。これを全部始末するにはゼルレッチクラスの魔法使いが十人居なければ無理だ」
「それはまっとうにぶつかれば、の話であろう。しかし私や青崎、姫様達が全力で援護しても相手に出来るのは僅か数パーセントに過ぎん。それも外側だけで・・・とてもでないが内部までは手が行かん。
「ええ、それにアインナッシュ丁度活動期に入ったから餌と見れば遠慮なく襲い掛かってくるわね。どういう意味か解るわね?」
「ええ」
アインナッシュは五十年毎に眠りと活動を交互に行っている。睡眠期には被害は皆無だが真紅の実を実らせている本体には強力な結界を張って防御しているのである。
「先代は騙すだけなら白の姫様を追い返せれる位の食わせもんだった。それを見事に受けついでいる」
「真紅の実を手中に収めるなら活動期を狙うしかないと言うわけじゃよ」
青子の説明に続くようにコーバックとゼルレッチが苦々しい口調と表情で繋げる。
「まずおれがアインナッシュの外側を押さえる。蒼崎とゼルレッチは士郎が侵入した入り口から内部を攻撃。黒の姫様達は青崎達が攻撃に専念できるよう攻撃を防いでくれ」
五人が頷く。
「よし、そうと決まれば作戦を始めるぞ。三十分後、おれがあいつを完全に封じて、侵入地点のみ開けとくからな」
「はい。先生、よろしくお願いします」
「任せとけ。その代わり士郎、おまえこそ、へまするなよ」
「ではコーバック、私達はこれから侵入地点に向かう。お主に護衛はつけぬが気をつけよ」
「大丈夫だ。隠密用の結界を張って置くから」
「到着したら合図を送るわ。それで開始と言う事で」
「おう、手早く頼むぜ」
お互いの無事を祈りつつ士郎、青子、ゼルレッチ、アルトルージュ、リィゾ、フィナは予定の地点に向かう。
暫くすると派手な轟音が響き渡った。
きっちりと三十分後に。
「予定通りだな…さてと…まずは…」
手馴れた様子でコーバックは自身の周りに結界を張る。
姿を隠す隠密に加え、外からの攻撃をも遮断する優れものだ。
しかし、こんな物は彼にとっては初歩でしかない。
「さぁて…久しぶりに発動させるか」
軽口を叩きつつその表情は次第に真剣なものに変わる。
『封印の魔法使い』としての顔に、死徒二十七祖第二十七位コーバック・アルカトラスとしての顔に変貌を遂げる。
「…ふぅぅぅぅぅぅぅ…」
深く息を吐き出し吸い込む。
その瞬間、アインナッシュの周囲の空気が重いものに変貌を遂げる。
コーバックの周囲も急激に空気が収束し拡散される。
コーバックは小刻みに震える両手で枠を生み出し、一望出来るアインナッシュをその枠で囲む。
生れ落ちよ無限の迷宮
その瞬間アインナッシュの周囲に薄い光の膜が張られた。
普通の人間には何も起こっていないかの様に見える。
しかし、実際にはアインナッシュには異変が起こっていた。

 

一方士郎達はその光景を間近で目撃していた。
突如、アインナッシュの周囲に薄い光の膜が現れアインナッシュを覆い込んだ。
その瞬間、膜の至近に存在した植物が次々と燃え上がり、凍てつき、雷に打たれる。
「…腕は錆びておらんな」
それを見てゼルレッチが安心したかのような声を出す。
「老師…これがアルカトラス・コーバックの…」
「そうじゃ。あやつが生み出した固有結界『永久回廊』…至高の封印結界。コーバックが作り出した、封じると言うその一点だけを極めた固有結界。『悠久迷宮』はあの『永久回廊』が元となっておる。自身が生み出した最高位の封印の結界を具現化したのが、至高の聖典の保管、封印の為に作り出された最高位の迷宮…さてと、無駄口はここまでじゃ。膜が作られておらぬあの一点が侵入地点。私と蒼崎で一度焼き払ったらアインナッシュの中に入り込むように」
「解りました」
士郎は静かに思考を切り替える。
「では…行くか蒼崎」
「はい老師」
最強と最凶の魔法使いがその侵入口も前に飛び出すとそれを待っていたかのように、吸血植物が枝や蔦を伸ばして二人に襲い掛かる。
しかし次の瞬間

太陽の炎よこの地に降臨せよ
破壊の砲撃をここに
膨大な炎が植物を残らず焼き尽くし、その後に出現した巨大な魔力の塊が侵入口に飛び込み大爆発を起こした。
まるで手榴弾の様にその爆発は植物を根こそぎ吹き飛ばす。
その後には侵入口から半径数キロはまさしく荒地と化した。
士郎は侵入口から全力で飛び込んでいく。
それを察した吸血植物が士郎の後を追わんと蔦や枝を伸ばしに行くが、
「行かせるか…」
極地点の吹雪よここに
「士郎の邪魔はさせないわよ!!」
行きなさい、破滅の弾道を
今度は極寒の吹雪がアインナッシュの体内を縦横無尽に駆け巡り植物を氷の彫像と変えて行き、そこを機関銃の如く魔力の凝縮された弾丸が無慈悲に打ち砕く。
ただの四発で侵入口から半径十キロと言うアインナッシュの眷属たる植物達は灰と化し凍てつき、吹き飛ばされた。
しかし、二人の表情に笑みはない。
「蒼崎…来るぞ」
「はい」
そんな会話の直後荒地から突如芽が吹き出し始める。
その数秒後、瞬きほどの時間で青々とした植物が生い茂り、その内のいくつかのツタが自分たちを攻撃してくるゼルレッチ達を殺そうと向かってくる。
「姫様!」
ゼルレッチの呼びかけに応答するかのようにそのツタが魔力を込めた爪が引き裂く。
「たまには運動しないとね」
「久しぶりに腕が鳴る」
「士郎君のために頑張るぞ!」
アルトルージュ、リィゾ、フィナの三人が最強の盾として二人の前に立ちふさがる。

 



アインナッシュに飛び込んですぐ士郎は目を閉じ、全神経を視覚以外に集中させた。
四方八方から自分めがけて迫ってくる枝やツタに眼だけで反応していたら対処に遅れ、一瞬で血を吸われミイラとかすだろう。
故に集中できるように目を閉じ、触覚と聴覚だけで空気の振動からどの方向から襲いかかってくるかを察知し、投影した剣で切り裂く。
避けるという選択肢は森を見たときからない。
これだけの量の攻撃を避ける等不可能で、避けた後の無理な体勢を追撃されてしまうし、いくら何でもスタミナが切れてしまう。
それならばわずかな時間でも一つ一つ対処していく方がまだましである。
そしてその上で前進していく。
士郎にとってある意味ではアルトルージュと戦ったときより過酷な地獄が続いた。

 



そうして数時間が経った。
士郎は広い空間に出た。
頭上からはさんさんと太陽の光が差し込んでくる。
先ほどまでは葉に覆われ、太陽の光などはかけらも見えず、昼か夜か全く解らなかった。

眼の前には太陽の光を浴びた巨大な古木がある。
その古木には根本から2メートルほどの高さの所に枝が一本だけ突き出ていた。
その枝に葉はなく代わりに血のような真っ赤な実があった。
「…あれか」
警戒しつつその実に近づくと頭上から枝が近づいてくるが難なくかわして古木から間合いを取る。
(ナニモノカ…)
そんな士郎に声が聞こえてきた。
(ホウ…ヒトカ…ヒトノミデココマデクルトハ…)
「貴方がアインナッシュさんですか?」
(カツテハソウヨバレテイタナ…シカシイマデハナナドトウニナイ…タダノシト…ヒトヨ…ナンノユエンアッテココニキタ?)
「貴方の持っている真紅の実を求めてここに来ました」
(ミヲ?ザンネンダガソレハデキヌ)
「何故?」
(コノミハワレニトッテシンゾウデアリワレジシン…ヒトヨ…オヌシモオノレジシンヲタシャニワタセマイ)
それを聞くと士郎は頭を下げた。
「ごめんなさい」
(ナゼアヤマルヒトヨ?)
「俺は、知らなかったとはいえ自分のためだけ貴方の命を奪おうとしていました。申し訳ありません」
再度頭を下げる。
士郎にとって戦いとは互いに覚悟をするものだと考えている。
そして士郎はアインナッシュをただの吸血植物だと考えていた。
しかし実際にはアインナッシュは植物ではあるが自我を持った生命体である。
ゆえに士郎は覚悟を決めた。
アインナッシュを殺す覚悟を。
(オモシロイナ、イママデワレニタイシテソノヨウナコトヲシテキタモノハヒトリモイナカッタ…ヒトヨ…ナカナカニツヨキチカラヲカンジル…コレデハワレモホンキニナラザルヲエンナ…)
その言葉と共に古木に変化が生じる。
幹が震え、枝が落ち、実が幹に取り込まれる。
再び幹が震えると、幹に切れ目が走り左右に避け、その中から士郎と同じ大きさの人の形をした木が出てきた。
「…コノケイタイナラバ、スクナクトモイッポウテキニコロサレルコトハアルマイ…」
その人形から紡ぎ出される言葉は先程まで士郎に語り掛けてきた声であった。
「…ヒトヨ…ミハコノミノウチニソンザイスル。シュチュウニオサメタクバ、オノガチカラヲフルウガヨイ」
「解りました。投影開始(トレース・オン)」
両手に短剣を投影すると、
「トレース・オン」
アインナッシュも全く同じ短剣を投影した。
「なっ!?」
士郎の投影は魔術の中でも異端の存在である。
それをアインナッシュは平然とやってのけたのだ。
驚くなという方が無理である。
「ヒトヨ…オシエヨウ。コノシンリンガワレジシンデアリ、"コユウケッカイ"擬人樹…コノナイブデオコナワレルコトハ、スベテワレノチトナリニクトナル…ユエニコウイウコトモデキル」
そういうと普通の人間では聞き取れない程の早口でなにやら呟く。
しかし聴覚の鋭い士郎はその声を聞き戦慄が走った。
−タイヨウノホノオヨコノチニコウリンセヨ−
ハカイノホウゲキヲココニ−
全速力でその場を離れ振り返った先には灰となった木々があった。
間違いなくあの炎の威力はアインナッシュに侵入する際にゼルレッチが見せた炎の魔術。
ここで自分の技を使うと言う事はアインナッシュに完全にコピーされると言う事。
しかし士郎に驚きはない。
「なるほどたしかに恐ろしい能力ですが、貴方は勘違いをしている」
「ナニ!」
それはアインナッシュにとって見逃せない一言だった。
「ヒトヨ、ナニガイイタイ?」
「知りたければ俺と戦ってみることです」
「オモシロイ。ヒトヨ、ソノミニスギタオコナイヲコウカイセヨ!」
二人が正面からぶつかる。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」
肩で大きく息をしながら再びアインナッシュに目を向ける。
今の士郎は体中傷だらけである。
「ドウシタヒトヨ、ソノテイドカ?」
一方アインナッシュは士郎によって手足を傷つけられたが脅威的な再生力ですぐに元に戻ってしまうので無傷である。
端から見れば士郎の方が圧倒的に不利である。
しかし士郎の口元には笑みが浮かんでいた。
「なるほどな」
「なに?」
「貴方の擬人樹は確かにすごい。だがまねできないものもある。人、いや生命体ですね。もし可能なら貴方は木々でアルト姉さん達を模倣すれば俺には簡単に勝てる。貴方は知らないかもしれませんが、人はいくら偽物だからと解っていても姿や形が似ているだけで傷つけられないものなんですよ。それともう一つ貴方は決定的に勘違いしている」
そう言うと士郎はズボンの重りをぬく。
「強化開始(トレース・オン)」
無意識ではなく呪文によって発現させたものは普段より更に体を軽くさせる。
「いきます」
その言葉が届くと同時に駆け出す。
突然の行動にアインナッシュはあわてて身構えるが既に視界に士郎はおらず、気付いたときには士郎によって20メートル程の高さまで放り投げられていた。
「投影開始(トレース・オン)」
士郎が投影したのは漆黒の石でできた杖で、握りの太いところには氷のような石が埋め込まれている。
それを地面に刺し、真名を唱える。
「絶対零度(ニヴルヘル)」
その瞬間杖を中心に半径1キロ以内の植物が一斉に枯れ、半径5キロの土地が凍った。
アインナッシュが地面に着地した時点でそこは凍った大地でしかなかった。
アインナッシュの異常なまでの再生能力は彼の眷属から生命力を奪っているからである。
しかしその眷属も今この瞬間ではなんの役にも立たない。
「チェックメイトです」
「タシカニコレデハサイセイハデキナイ。シカシマダオワッテハイナイ。トレース…」
「遅い!」
残った魔力で再び投影を行おうとするが、士郎よって両手両足を切り離される。
今のアインナッシュは頭と胴体だけになり動くことすら出来ない。
「ヒトツキキタイ」
「なんですか?」
「サキホドキサマハワレガカンチガイシテイルトイッタガドウイウコトダ?」
「それはですね、どんなことをしても真似をすると言うことは、オリジナルより強くなるか、弱くなるかしかならないんですよ。例外を俺は一つ知っていますが、それ以外のどんなものもオリジナルと同じにはなりません」
「ソウカ」
疑問が説けて、アインナッシュは覚悟を決めた。
既に解析で実は人間なら胸元と腹部の丁度中間点、胴体のど真ん中にあることは解っていたのでそこを切り開く。
そこにはまるで胎児のように胴体と一本の枝につながれた真紅の実があった。
しかし士郎はそれを取ろうとはしない。
この時士郎の頭によぎっていたのはゼルレッチから平行世界についての説明だった。
平行世界とは「もし、、、だったら」と言う仮定の世界。
自分がここに来なければアインナッシュは死ななかったのかもしれない。
その世界ではアインナッシュは生き続けるのだろ。
覚悟はしていたと士郎は思う。
しかしその覚悟が音を立てて崩れていく。
自分は未だ父親のようになれないのだろうと心の中で苦笑する。
そしてあることを決断をする。
右手で実に繋がっている枝をつかみ、左手に黒い剣が現れる。
アインナッシュはその剣で実を切り取るのだろうと思った。
しかし士郎は右手で実をもぎ取り、その直後切断した枝を黒い剣で切断した。
するとそこにはもぎ取られた真紅の実があった。
「ナッ!?」
これにはアインナッシュも驚愕した。
たしかに実はある。
しかし士郎の手の中にも実はある。
それに確かに実が枝から離れた一瞬自身は意識を失ったことも覚えている。
「ヒトヨ、キサマハナニヲシタ?ナゼワレハイキテイル?」
「簡単に言いますと、貴方の体から実を切断したという『過去の事実』を切断しました」
「ナニ?」
「この剣はどんなものも切断できるんですよ。そして実が体から離れたという事実を切断しました。切断されたものは通常消え去ります。
さすがに死者を蘇らせるのは無理でしょうが、実を取った直後ならまだ完全に死んではいないと思ったので」
「ソンナコトガカノウナノカ?」
「貴方が生きていることが証拠です。俺としてもこんなことは初めてなので成功するかは解りませんでしたが。ああ、それともう一つ…」
そういって士郎はもう一度アインナッシュを切断する。
見た目に変化はない。
しかしアインナッシュ自身は何が起こったのか理解した。
「キサマ、ワレノキュウケツショウドウヲセツダンシタノカ?」
そう今の彼に吸血衝動はない。
先ほどから生命力の低下により多くの血を欲していたが今はかけらの欲望も感じない。
「いえ、今のは『血を吸わなければ生きられない』という『事実』を切断しました」
「ドウイウコトダ?」
「つまりあなたはもう、血を吸わなくても生きていけると言うことです。植物なんですから太陽と水と地中からの栄養でも生きられるでしょう?」
「ナゼコンナコトヲスル?」
既に彼から敵意というものは失せている。
「俺はあなたを殺しました。その『事実』どんなことをしても消せません。その代わりみたいなものです。ああ、だからといってあなたが吸血植物であることは変わらないので血が吸いたければご自由に。ただあなたとしても無用な争いを避けたいでしょう?」
「タシカニ。トコロデ、キサマハヒトカ?」
「いえ俺は人間ではありません。簡単に言うと『生きた魔法』です」
「ナルホドナ」
その言葉がどういう意味なのか、彼には解らなかったが少なくとも人間でもなく、吸血鬼でもないのは解った。
「ところで、おねがいがあるんですが」
「なんだ」
「俺の友達、いえ家族になってくれませんか?」
「ナニ?」
アインナッシュからすれば寝耳に水である。
意志があるとはいえ彼は植物。
そんな自分に家族になって欲しいと士郎は言い出してきたのだ。
しかも先ほどまで殺し合っていたのに。
「俺には家族が数えるほどいません。だからもしよければ俺の家族になってくれませんか?」
「オモシロイ、ダガシカシワレハキサマノナヲシラヌ。ナントヨベバイイ?」
「すいません。俺は衛宮士郎です。士郎で構いません」
「ソウカ。シロウ、アラタナカゾクトシテヨロシクタノム」
「こちらこそ」
既に氷は溶けアインナッシュは人の姿に戻っており二人は握手を交わした。

 



「士郎大丈夫かしら?」
アルトルージュがそうつぶやく。
既に士郎がアインナッシュに侵入して数時間が経っていた。
先ほどアインナッシュの攻撃がやんだが死んだというわけではなさそうで、未だアインナッシュは健在である。
攻撃がやんでからはコーバックも彼女たちと合流し、様子を見ている。
その時いままで入り組んでいた木々がほどけ、道を空けるかの様に左右に移動した。
そこから見えるアインナッシュの内部は太陽の光を大量の葉と枝が覆っているため5m先さえも見えない。
その暗闇の中から士郎と人の形をした木が出てきた。
「ただいま戻りました。」
「お帰りなさい士郎。ところでそいつ、誰よ?」
青子がそう問いかける。
「こちらは死徒二十七真祖の第七位アインナッシュさんです」
「なっ!」
全員その説明に驚きの声を上げるしかなかった。

 



全員が落ち着いてから士郎はゼルレッチに問いかけた。
「老師、何で真紅の実がアインナッシュさんにとっての心臓だって教えてくれなかったんですか」
「いや。わしもそんなことは知らなかったのだ」
「てことはあんた結局実は採れなかったの?」
アインナッシュが生きている以上結果的にはそうなる。
「いえちゃんとここに」
そういって布に包んでおいた真っ赤な実をゼルレッチに差し出す。
「どういう事だ士郎?おまえの説明なら何でこいつが生きているんだ?」
「実を取った後守護者(ガーディアン)で実を取ったという『過去の事実』を切断したんですよ」
「ちょっと待て!こいつ一度死んだんだろ。つまり死んだ人間も生き返らせられるのか?」
「いえおそらく無理でしょう。確かに死んだという事実を切断できますがだからといってそれで生き返るか、というのとは別問題でしょう。仮にそうなったとしたら少なくともそれは人間ではありません。今回はおそらくアインナッシュさんが植物だったから出来たことです」
「どういうこと?」
「植物は動物と違って体の一部が切り離されてもしまっても、それ自体はしばらくの間生きることが可能です。ですから真紅の実が体から離れた時間が短ければ可能性はあるかと思ったので」
「まったく、おまえというやつは」
「まぁそこが士郎の良いところだけどね」
士郎の説明にコーバックとゼルレッチはあきれ、アルトルージュと青子は納得していた。

 



「さてと。アインナッシュさん。それでは俺は帰ります」
「ソウカ」
表情はわからないが士郎は何となく彼がさびそうに思えた。
「大丈夫ですよ。またここに来ますから。そうだ…リィゾさん」
「なんだ?」
「たまにで良いですから子どもたちをここに遊びに連れて来てくれませんか?」
「別に私は構わないが…いいのか?」
「あの子たちだってずっとお城にいるばかりじゃつまらないでしょうから」
「アインナッシュさん、たまにリィゾさんが俺の子供を連れてくるので遊んであげてくれませんか?」
「オマエノコドモカ…イイダロウ。ソレラモマタワレノカゾクダカラナ」
「ありがとうございます。さてそれではそろそろ失礼します」
「マテ、シロウ」
そんな士郎をアインナッシュが呼び止めた。
「なんですかアインナッシュさん?」
「テヲダセ」
言われた通り手を出すとその上にアインナッシュが種をおいた。
「ワレノブンシンダ。ワレノヨウニイシハナイガ、ダガワレハイツデモオマエトイッショダ」
「ありがとうございます。家に戻ったら早速庭に植えます」
「ワガカゾクヨ、ツギニアエルトキヲタノシミニマッテイルゾ」
「俺もです」
この二日後士郎は日本に帰国した。

 

 

 

 

 

士郎達が去ったアインナッシュを遠くから見る影があった。
彼らは士郎達が何をしたのかは解らないが一部始終と士郎が真紅の実を持っていることは確認した。
「あのガキ何者だ?やっぱ人間じゃねぇだろ」
「そんなことはどうでも良い。とにかく局長に報告するぞ」
「所で名前どうするよ?」
「そんなものは局長に任せとけ」
士郎が日本に着いてから数日後教会を経由して魔術協会に次の情報が流れた。
「噂されていた、『魔導元帥』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、『ミスブルー』青崎青子、『封印の魔法使い』コーバック・アルカトラスの弟子は『血と契約の支配者』アルトルージュ・ブリュンスタッドの従者の人間である」と。









 
宝具解説
絶対零度(ニヴルヘル)
北欧神話に登場するロキの娘、死者の国を統治する女王、ヘルが持っていた杖であり彼女が支配していた死者の国、ヘルヘイム、とそれと同じとされていた極寒の地、ニブルヘイム、の名を持つ。
地面に刺し、この杖を通して魔力を流せば流した範囲だけその土地に住む生物を殺す。
またそれとは別に魔力を流すと流した範囲の土地を凍らす事も出来る。
ただし大量の魔力を必要とするため、通常の人間がこれをやろうとすると、百立方センチに魔力を流すだけで魔力が切れてしまう。








 
あとがき
こんにちはNSZ THRです。
今回で第2章は終わりです。
今回は七歴史からかなり文章を引用しました。
それとアインナッシュとの会話等かなりグダグダかもしれませんがそこはご了承下さい。
これが私が書いた初めての物語なので。
ナルバレックはMBAAのリーズバイフェは局長と呼んでいたので今後そっちを基準とします。
絶対零度はオリジナル宝具なのでつっこみはなしでお願いします。



管理人より
     アインナッシュ再登場、しかも生存とは予測外でした。
     そして士郎も志貴と同じく国際的な札付きになりました。
     次回よりの三章も期待しております。
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